古代メキシコの露店市「ティアンギス」
ティアンギスは、古代メキシコの時代から受け継がれた露店市です。ティアンギスの高度に組織化されたシステムは、アステカ帝国を征服したスペイン人たちを驚嘆させました。

画像:ディエゴ・リベラの壁画、ラ・グラン・テノチティトラン
古代からの伝統、ティアンギス
ティアンギスの語源は、ナワトル語で市場を意味する「ティアンキストリ」です。ティアンギスは常設市場ではなく、定期的に開かれる青空市場で、その起源は古代にまでさかのぼります。
古代メキシコでは、ティアンギスが社会・経済活動の中心的役割を果たしていました。人が集まる都市部で開催され、人々が生活必需品を売買していました。
テノチティトランのティアンギス
古代メキシコには、たくさんのティアンギスが存在していました。特に大規模だったのは、トラテロルコ、テスココ、テノチティトランのティアンギスでした。人々はティアンギスに来て、ものを売買するだけでなく、新しい知り合いを作ったり、旧友と会ったりしていました。

画像:トラテロルコのティアンギスのジオラマ(所蔵:国立人類学博物館)(Tlatelolco Market (tianguis) Diorama - National Museum of Antropology - Mexico 2024 by José Luiz / CC BY-SA 4.0)
テノチティトランのティアンギスには、商品の売買のために、メキシコ全土から多くの人々がやってきました。彼らの商業活動によって、アステカの人々は遠い地方の文化に触れることができました。また、ティアンギスは高度に発達した制度の下で運営されていました。
例えば、古代文明の時代には、メキシコ全土で流通する共通の通貨がなかったため、物々交換を行ったり、カカオの種(貨幣として公認されていました)や銅製の斧、毛織物などで支払いをしていました。
トラブルが起こった場合は、公正な取引を維持するために、裁判官と監視員の役目を負う者たちが裁判を行っていました。このような高度に発達した裁判制度がアステカに存在していたことは、スペイン人征服者たちを非常に驚かせました。ティアンギスで物を盗んだり不正な売買をした者は、すぐに逮捕されて裁判にかけられ、罪の重さによって裁きを受けました。たいていは直ちに死刑が執行されていました。
テノチティトラン陥落後
スペイン人征服者たちは、高度に組織化されたティアンギスの存在に驚愕し、エルナン・コルテスもその驚きを報告書に記していました。それと同時に、メキシコを植民地化するという自分たちの目的に、ティアンギスが非常に役立つことも理解していました。
実際、テノチティトランが陥落したとき、スペイン人征服者たちは、ティアンギスのすぐそばにカトリック教会を建設しました。そうすることで、メキシコの人々が、新たな世界の秩序をもたらすカトリック教会の周辺に集まることを目指していました。

画像:現代のティアンギス(ミチョアカン州)
こうして、古代メキシコのティアンギスにスペインの習慣が混ざっていきましたが、ティアンギスの市場としての機能は今日まで変わっていません。それどころか、プエブラ州のクエツァラン、ゲレロ州のチラパ、イダルゴ州のイクスミキルパンなど、古代から現在までずっと存続しているティアンギスもたくさんあります。
(メヒコデスコノシードより)