アメリカ人が祝うメキシコの祝日:シンコ・デ・マヨ
アメリカでは、メキシコの祝日「シンコ・デ・マヨ(5月5日の意味)」を盛大に祝います。シンコ・デ・マヨは、そもそも何の日なのか、なぜアメリカ人が祝うのか、その由来と意味をご紹介します。

アメリカでは、メキシコのお祝いのシンコ・デ・マヨを、国民の祝日並みに盛大に祝います。なぜメキシコではなくアメリカで、シンコ・デ・マヨを祝うようになったのでしょうか?
シンコ・デ・マヨは何の日?
前述のとおり、シンコ・デ・マヨはメキシコの祝い事です。でも、メキシコでは、この日をアメリカ人のように盛大に祝ったりしません(※メキシコでは祝日ではありません)。ただし、プエブラ州は例外で、やはりお祝いイベントがあります。というのも、1862年のこの日は、プエブラの会戦で、イグナシオ・サラゴサ将軍率いるメキシコ軍が、フランス軍に勝利した日だからです。
当時、ナポレオン三世は、フランス軍をメキシコに派遣していました。目的は、ベニート・フアレス政権を倒し、自らの帝国を建設することと、資源を手に入れることでした。プエブラの会戦で敗れてもメキシコをあきらめきれないナポレオン三世は派兵を続け、1863年、フランス軍がメキシコ市を陥落させました。そして、メキシコ第二帝政が樹立されました。

シンコ・デ・マヨは、なぜアメリカで盛り上がる?
アメリカに住むメキシコ人移民が初めてシンコ・デ・マヨを祝ったのは、1867年、プエブラの会戦から5年後のことでした。場所はテキサスでした。というのも、イグナシオ・サラゴサ将軍は、アメリカ領となる前のテキサス出身だったからです。
シンコ・デ・マヨのお祝いは、メキシコ以外の国からの移民や多くのアメリカ人の注目を集めました。その当時、これほど大規模な祝い事やお祭りは、ほかになかったからです。
はじめは、メキシコにルーツを持つ移民だけが、シンコ・デ・マヨのお祭りに参加していましたが、後には他国からの移民も加わり、アメリカ大陸における抑圧された人民の象徴のようになっていきました。
さらに時がたち、アメリカ人もシンコ・デ・マヨに参加するようになり、現在ではアメリカ中で行われる伝統行事のようになっています。多くの人がシンコ・デ・マヨのプラカードを掲げてイベントに参加し、学校でも祝賀行事を設けて、アメリカの子供たちにシンコ・デ・マヨの歴史について教えています。
また、学校以外でも様々なイベントが行われ、メキシコの文化、音楽、踊り、メキシコ料理などを楽しむ日となっています。
( ディアリオアスより )